花火野郎の観覧日記2014

観覧日記その24 10/25
第10回 釜山花火祭り(The 10th Busan Fireworks Festival)

  
韓国・釜山広域市


前夜の下見

山の上は紅葉が綺麗。
円内・入り口が塞がれて・・

朝日に向かって撮影中

観覧場所からの日の出

観覧場所から。午前8時頃

観覧場所。中央付近の
背の高いのが私の三脚

台船。電飾船と扇打船、
中央の三隻のうち左と真ん中。

中央右台船と奥の大玉台船
大玉の筒のサイズは不明

日中の全景

橋上の大型クレーン

タワー花火(400ミリ望遠)
下に等間隔に吊り下っているのが
カラーイグアスの滝か

サーチライト装備の電飾船
  
 花火前日、金曜日の午後2時に成田を発って宿泊先のホテル到着は午後6時近く。到着早々にびっくりしたのは、ホテルの周りの飲食店や、隣のホテルなどかなりの数の建物が改築か閉鎖で工事中になって寂れた様子になっていたこと。昨年夕食を食べた海岸沿いの店も見る影もなかった。
 同行の二人は完全に暗くならないうちに台船の配置とか打ち上げ全体の様子を見に広安里ビーチに向かう。私は昨年のビーチでのもみくちゃに懲りて、今回は単身高台の山の上から撮ろうと考えていた。広安大橋と湾全体、台船の佇まいの全てが街の夜景と共に俯瞰できる高台の撮影場所は無いかとずいぶん前から探っていた。高層マンションの部屋や屋上は無理だから、背後の山のどこか、それでいてあまり遙か遠くに離れない程度の間合い。望遠レンズを通してしか観覧できない彼方では意味がない。それで絞り込んで見当をつけた場所を前の晩に下見することにした。予定地はグーグルマップやストリートビューで事前に探したのだが、実際の現地はどうなっているか見当も付かなかったからだ。まずは希望通りにビーチ方向の視界が充分に開けているのかどうか?夜間は立ち入り禁止かもしれないし、花火に備えて既に規制されて入れないようにされているかもしれない。
 タクシーを拾い、目的場所の地名とマップで指示する。今からそんな場所へ?というなにか呆れたような受け答えだったが、「夜景が見たくて」というと「いいね!」と納得したみたい。山方面の登り口はホテルからそう遠くない。しかし短距離で高度を上げる登り坂はそのルートに入るといきなり急坂だった。これはとても徒歩で登るのはきついか。
 目的地へ着くと、夜間も自由に入れるようだった。へーこういうところかー。写真でしか見たことのない第一希望の展望台の様な場所は、公衆トイレの上に展望台が作ってあるような建物だった。上がってみると果たして素敵な眺め。眼下に予想通りの佇まいで、遠すぎない距離感で街の夜景と闇に浮かぶ広安大橋が美しかった。山の中腹でその頂上やその隣のピークも海抜400メートル台だから、ここは200メートル台くらいかなぁ。下見だから空身に近い。カメラはコンデジ。それで撮影してだいたいの画角を掴む。本番の時はそれで余分な重石になるレンズを持ってこなくて済む。遠間の狙いのつもりだったので、不可抗力でビーチで撮る場合も考えて、日本からは16ミリから400ミリまでのレンズを取りそろえてきている。
 もちろんコンデジで撮る際にも軽量三脚は使っている(場所取り用)。それからついでなので、他にも展望のきく場所は無いか?と山斜面の中を、登り下りしながらざっとロケハンしておく。辺りには既にあちこちに、立ち入り禁止の規制テープが張り巡らされていた。実はこのロケハンをやっておいたおかげで翌日は助かることになる。近くの駐車場には19時という時間のわりにはけっこう車が止まっていた。ロケハンで登り下りして気温が低い夜なのに汗だくになった。
 下りは徒歩。時折流しのタクシーが通るので乗れば楽だが、本番の日の下りに備えてルートや道の具合と所要時間を知りたかった。しかし車で登りながら思ったが、下りは途中から前につんのめるようなかなりの急坂で、空身ながら体重を受け止める足がガクガクいいそうな感じだった。こりゃ機材を背負っていたらきついかも。下りは約20分ほど。しかし逆に歩いて登って来ている現地の人もすれ違って驚いた。なんでも健康志向か、こちらの人は山登りが好きなんだそう。下ってから仲間と合流して夕食。
 翌朝、午前6時頃、部屋の窓から海岸を眺めるとウォーキングやら犬の散歩やら、こちらの人の朝は早い。暗いうちからけっこう浜辺には人通りがある。当初は昨晩下見した場所に場所取りをするため午前8時頃にホテルを出ようと思っていたのだが、ここでふと嫌な予感というか胸騒ぎがした。「だめだ、早く行かないと、だめな気がする・・・」。登山のつもりだったからカメラザックだ。そして本番三脚を手に、予定を早めて午前6時半頃にタクシーをつかまえて急遽向かう。上がったら降りないつもりで、昨晩のうちに必要な装備は整えてあった。
 今度はタクシーの運転手は、「花火なら浜辺で見ればいいのに」とまた呆れながらも山道を登る。午前7時前にロケハンした第一候補地に着いたとたん唖然とした。一カ所しかない展望台に上がる階段の所には規制線のテープがみっちり貼られて入場禁止にされていた。夕べは無かったのにひと晩のうちにこれか。展望台の手すりには「危険なので注意して観覧しましょう」と禁止事項は書かれていなかったのに!見ると、近くの展望が効きそうな東屋とかそうした場所は全て上がれないように階段などが塞がれているではないか。三脚を立てるどころかその場所に入れもしないとは。
 ぐぬぬ。このまま歩いてビーチに戻らなければならないのかっ。もしなんらかの不測の事態で上で撮れない時は、ビーチの仲間と合流する手はずだった。しかしここまで来て・・・。すぐに事前のグーグルリサーチと昨晩のロケハンで第2候補としてあったトイレの建物の向こう側下方向の一段低い展望場所を思い出す。上から見るとそこには既に7〜8人の写真愛好家が居て、ちょうど昇り始めた朝日を被写体にさかんに写真を撮っていたところだった。経験から一瞬で全ての事態を察知した私は、あわてて三脚を手にして坂を下り、展望台の手すり沿いにちょうど三脚1本だけ空いていた場所に刺した。それで販売終了。私が最前列の好適エリアを確保できた最後の一人だったのだ。察知した事態を確認するために地元の写真マニアに声を掛けた。「今(午前7時)から、今夜の花火を待っているのか」と。思ったとおり全員がそのつもりなわけだ。日の出なんか撮っているのはついでだよ。この瞬間にここでの13時間待ちが決定した。しかし午前7時の時点で出足が「遅い」とは、こちらの写真愛好家もコンチクショーやるじゃないか。昨晩、外に出歩いている人がほとんどいないのに車ばかり多いのが気になったのだが、もちろんそのうち何台かはカップルかなにかだろう。しかし写真愛好家たちは後で話を聞くと、車で寝泊まりして、深夜か日の出前に三脚を立てたらしい。くそう、出遅れたが長年の経験から胸騒ぎがして助かったぜ。知り合いの分も確保したかった所だが、とにかくちょうど三脚1本分が最後のスペースでどうしようもなかった。昨晩刺して置けば、と思ったが後の祭り。
 こうして予定より一段下の場所になったが、眺望はさほど変わらない。手すりには「Photo Spot」と書いてあって、支柱の上に乗った大きな双眼鏡がいくつか備え付けてある展望場所。ちょうど泊まっているホテルの背後の高台という方向で、海面上の台船の配置から広安大橋まで俯瞰で綺麗に一望できる。三脚を刺してからは小一時間、日の出から美しく朝日に照らされる海上の風景を写真に収めて楽しんだ。
 橋から手前海上の打ち上げ台船の配置は、一番手前ビーチ側に小型の花火とともに、あらゆる方向に遠隔で向けられるサーチライトを円形に設置した電飾船が三隻設置されている。ここから放射状に光をめまぐるしく放つことができる。前の晩は夜通し光が放たれていた。次に真ん中に昨年もあった大きなアーチの扇打ち台船。その奥に花火台船が3隻、中央奥に大玉台船が1隻と4重の立体に配置された計8隻の台船。それと広安大橋上の花火群が花火設置の全てだ。
 この観覧場所は行ったことのある愛好家氏なら例えとしてわかると思うが、長野県諏訪湖の立石展望公園に佇まいが似ている。山の中腹であることや間合い、撮影場所もあんな感じの手すり沿いだ。そして場所取りが苛烈な点も同じということになった。ここでの間合いはビーチまで1.6キロメートル、広安大橋まで約2.8キロメートル。立石ほどは手すり部分と、またビーチ方向の視界が広いわけではないので、好適な範囲の最前列に立てられる三脚は多くても30本程度だ。全員が私のような大型三脚だともっと減る。範囲が限られるのは、ここを展望台として活かすために限られた場所だけ前の樹木の枝を落として視界を確保している、とみたからだ。だから左右に少しずれると前方の木の背丈が高くて使えないのだ。
 三脚を置いてから午前10時までの3時間くらいのうちに次から次へと写真マニアが車で上がってきて賑やかになった。もちろん既に深夜の内に仮三脚を刺した連中が本番用に取り替えに来たというのもあるが、結局7時を過ぎてやってきたほとんどは三脚を立てる場所が無く付近の建物の一部とか別の場所に陣取る事になった。
 昼頃に日本の知り合いの花火愛好家がこの場所にやってきたので30分ほど話し込む。事前に山の上で観覧する事を打ち合わせていたが、私が連絡手段がないものだから出足が速いことを伝えられなかった。もちろんこの時間ではまともな撮影場所が空いて無いので、最終的には別の仲間が確保したもう少し山を下った低い位置に移動していった。背の高い三脚と脚立が在れば最前列陣の後ろから頭越しに楽に撮影できる。
 しかし近くに居た写真マニアの中には車の機動力か、朝、昼、晩、おやつ、と三食分のお弁当と飲み物をしっかり用意しているというグループも居てその万全さに驚く。近くには当然飲食店は無い。山の上には釜山では始めて見る飲み物の自販機があったのには驚いた。飲み物とトイレには困らない場所だ。面白かったのは、写真マニアグループが山の中腹なのにそこから昼飯の出前を取っていたこと。バイクで岡持に10人分くらい料理を入れて運んできた。そして付近の人々にはメニューの書かれたチラシを配って営業、となかなか熱心。
 こちらはたった一人で身動きもできないから、三食絶食状態。コンビニで朝食くらいは買ってからという予定だったが、とにかく早く着かねば、とホテルの部屋のミネラルウォーターのペットボトルだけ掴んで飛び出して来た格好。あとは水分も控えてひたすら耐えるのみ。それというのも抜け目ないというか、トイレで席を外すとかわずかの隙を見せると、三脚をねじ込みに来るので油断も隙もない。三脚の足下に体育座りで待機していると、お前が退けばもう1本置けるとか、もっと寄せてもう1本入れさせろとか、強気で言ってくるのではねつけるので精一杯。言葉はわからなくても撮影や場所取りの事はなんとなく言い分が理解できる。三脚でも座る場所でも日本だと後から来て場所が空いてなければ遠慮するが、こちらではまだ入れるじゃないか、と俺のための場所を空けろという形で要求してくる。
 周りは会話も怒号も通話の声も猛烈なハングルの嵐なので、どうにも息が詰まる。ぼっちだ。ぼっちだよ。花火行脚を始めた頃は、地方の大会に行けば知り合いも居ないし、今のように花火愛好家同士のつながりもなかったから、いつでもぼっちだったけれど、少なくとも方言は混じっても耳に入るのは日本語だった。しかしこの地の言葉もわからないぼっちさ加減は気が滅入る。ちょっとしたやりとりで、こっちがハングルを喋ってもイントネーションからか日本人だと察知される。するとお互い言葉の問題でこみいった話ができないから、なおさら話しかけられなくなる村八分状態。
 そんな待ち疲れと、炎天下の暑さでいい加減滅入っていると、午後半ばになって直ぐ隣にいた現地の青年が日本語で話しかけてきた。おいおい君は私が三脚を置いたその前からずっと隣に居たじゃないか・・・。ともあれ彼氏の親切で一気に和んだ。仕事で東京に来たこともあるという青年はなかなか上手な日本語で、それから写真やら花火のことも話せてよかった、トイレの心配もしてくれて助かった。ちなみにこの彼氏は、スクーターで前の晩に上がってきて、テントを張って寝泊まりしたらしい。もちろん三食分の食べ物と飲み物も持って。話を聞けば、私はそうとは知らないで来たのだが、ここは一番の人気の(展望の)場所なのだそう。その青年は明晩も同じ場所で今度は対馬花火大会を遠望するのだという。
 午後には展望台の手すり沿いや近くの建物のテラス部分はびっしり三脚とカメラが並んだ。しかし驚いたのはその全てがスチル。昨年ビーチでは見かけたが、つか目の前に鎮座していたが、ビデオ録りの愛好家が居なかった。日本でよくあるようにスチルもやりながら同時にビデオもなんていうのも居ない。ひと組、半分仕事がらみか背の高い三脚にビデオカメラを載せていたがそれだけだ。私の周りはなぜかNikon軍団で、高級機がずらりというのだから驚く。しかし花火撮りの手法は最新のカメラを使っていても日本の25年前くらいのやり方で、未だに遮蔽紙片手の愛好家も多い。三脚はジッツォなんかも多いが全てカーボン脚のやつだった。
 昼頃にトイレに行ったら、その脇の閉鎖されていた展望台に登る階段の所に行列ができていた。見ると朝には無かった張り紙があり、18時から200人限定で入場させるらしい。しかしながら「三脚禁止」という条件付き。つまり普通の見物客のみだ。のちに30分ほど早く入場させたが、やはりどさくさに紛れて最前列に座った状態で三脚を立てる者が10数名いた。しかし下から三脚が見えると、施設の関係者が「三脚をかたづけろ 」と大声で怒鳴りつけていた。やれやれこういう時はもっと暗くなってからこっそり三脚を出すべきであるがなぁ。ちなみにこの第一候補だった展望台は、午前中に地元の写真マニアが何人も「上を使わせろ」と施設の管理人らしき人物(何人も居る)に交渉していたが、それは翻らなかった。
 
後半に続く

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