花火野郎の観覧日記2010
観覧日記掲載期間限定番外特別編 8/28
100周年記念 全国花火競技大会 大曲の花火
秋田県・大仙市
前夜祭
到着するや否や既着していた同宿の愛好家が、丸子川でちょっとした前夜祭花火があるというので、荷物だけ部屋に置いて出かける。
すでにB級屋台村イベントが開催されている丸子橋の袂は、花火を待つ客で賑わっていた。河川敷で玩具花火が灯されていたが、その煙は停滞し真っ直ぐ上に上がる。ほとんど無風だ。蒸し暑い。秋田だよ。秋田まで来れば関東圏より涼しいと思いこんでいたが間違いだ。
20時過ぎからという花火はなかなか始まらず、殆どが地元客だろうが不満の声も出る。こう暑くてはさっさと帰りたい。
20分以上過ぎて狭い川幅に架けた小規模のナイアガラに火が奔りようやく開始。ついで丸子川に愛知県産の「金魚花火」が打ち出される。川の流れも相まって思ったより速くするすると金魚花火が動き回る。私も見るのは10数年ぶりだろうか。次々に色を変えながら泳ぎ回る金魚花火を眺めていると上流川より4号までの単発やスターマインが次々打ち上がった。最後はVトラを伴って錦冠の少し規模の大きいスターマインで短いながらなかなか楽しめる前夜祭花火だった。
ホテルに戻って遅い夕食、風呂と済ませ明日に備えてさっさと寝る。
当日
大曲駅に一番電車が到着するような時刻。窓の外に話し声がすると思って見ると、すでに会場方面に向かうであろう客が次々に駅から出てきては通りを横切っていく。まだ午前6時過ぎだった。それからも駅に電車が着く度に会場に向かう客が増えていく。ホテルで軽く朝食を摂って、9時過ぎにゆっくりと会場に向かう。ホテルはチェックアウトとなり、荷物の預かりも受け付けないと言うので全装備を持ったままだ。暑くなりそうだ。
いつものバナナゲートの近くの日陰に荷物をデポしておく。9時30分の一般席場所取り解禁のための下流ゲートは既にオープンされている時間だった。昨夜来下流の待機場所には徹夜組も含めて1万人以上が待機していたらしい。これらの客が全て下流ゲートを通るまで他の入場口は開けない、ということでバナナゲートも10時40分ころまで締切となった。ようやく河川敷内に入ると既に一般席場所取りの大勢は決しており、少ない面積のA桟敷裏をはじめとしてもう隙間無くシートが敷き込まれていた。
C席のオープンは11時30分過ぎで、入場可となってから荷物の一部を運んでおく。同じくC席をゲットした愛好家やカメラマン席の愛好家、知り合い同士で少々の花火談義。特に桟敷券に関しては「よくぞ入手できた」という話題にならざるを得ない。私にしても堤防斜面が有料C席になって以来、自力で買えなかったことはないのに今回ばかりは、知り合いのツテを頼らざるを得なかった。もちろんツテを頼りながらも自力で抽選に参加もしたけれど落選。本当にやったのかどうか確証は無いが、キャンセル待ち抽選も毎日チェックしたけれど、落選表記が変わる事はなかった。愛好家の知り合いも多いけれど、なぜか秋田県以外の他府県からの抽選参加者はほとんど当選していなかった。まして高騰したオークションには手が出ない。そのオークションにしてもなぜか出品者の殆どが秋田県内。そんな状況下でも中には、有力なコネとツテにより、抽選もオークションも、電話も無関係に楽に一般販売前からゲットしているような恵まれている方もいるらしい。1マスでも買えれば他の知り合いに融通することができるのに、今回ばかりは自分が首から下げるそのただの一枚の入手に東奔西走する事になるとは。
予報は一日を通して曇りだったが実際は快晴。日向に出ていられるような天気じゃなかった。結局いつも待機場所にしている日陰の小径で一日の大半を過ごすことになった。その日陰は風が通って涼しく、例年どおり多くの客が座りこんでで涼をとっていた。
午前中早くから、救急車のサイレンが繰り返し鳴り響き、何度と無く救急車が堤防道路を行き交う。河川敷では担架で運び出される熱中症らしき客の姿も見かけた。結局この日の救急出場件数は70件にのぼり、熱中症と思われる患者は27件あったとのこと。後日煙火業者さんに話を伺うと、打上現場の準備も未曾有の暑さの中でのことだったらしい。大曲の時期といえば少しは秋めいた空気を感じるのだが、そこにあるのは揺るぎない夏真っ盛り。
何度となく上がる定時雷の煙を見つめては、風向きが気になる。しかし気にしても仕方ない。予報ではメイン会場は風下気味だった。しかしそうそう予報通りにならないのが大曲、というのも知り抜いている。大会開催中に全方位。つまり風向きがぐるりと一周したことさえある。安定してどちらかからの風、という時は台風に代表されるような“気象学的にイレギュラー”な状態の時だ。
私は100年記念の節目として、今回はどうしても、たとえ煙に巻かれても、花火とともに桟敷席や夜店の建ち並ぶ、大曲の花火会場、観客の喧噪や歓声の中で観たかった。当日は本当に逆風の事を考えて(過去にも何度かあったが)、裏側用のレンズ対策もしてきたが、ちょっと徒歩で道中一切の日陰もない裏側にロケハンに行ってみる気もしないような猛暑の天気だった。
今回、多くの愛好家が風予報と桟敷席が入手できないこともあって裏手に回ったようだ。それは当日の風予報から私も考えた、しかし現在の裏側は風上狙いの完全に写真的な立ち位置であり、そこに「競技鑑賞」も「大曲の会場らしさ」も無い。高台から見ない限り手前の堤防の見切りが花火の根本も、対岸の桟敷席も隠してしまうし、場所によって放送もまったく聞こえない。
過去の大曲ならメインが逆風なら裏手対岸の田圃の中での観覧も選択肢だった。当時は打上場所まで500メートルくらいの農道で観覧できたが、その当時さえその間合いでも10号はやや遠かったのだから、それ以上離れれば「競技鑑賞と評価目的としては」論外と思えた。しかしそのうち送電線が視界を塞ぎ、その農道も観覧が規制されて今は正攻法での観覧は無理。そしてそれより下がった位置、または国道105号あたりまで距離を取った位置でしか観覧できないようになった。近くまで車で乗り付けて楽に観覧できる場所は遙かに遠く、場所によっては1キロメートルを超える間合いからの観覧になってしまう。距離はそのまま会場の臨場感と離れる事を意味する。
風向きによってどこから観ても撮ってもいいじゃないか。というだろうがそういうものじゃない。現在の裏手はC席のある堤防斜面からの2倍も3倍も間合いが遠くなる。もちろん大会提供などのワイドプログラムだけの写真やビデオだけでの狙いならそれでいいだろう。しかし本割りの競技部分、とくに創造花火ではとても肉眼で細部まで見えはしない。メインから観ていてさえ各社の工夫を凝らした花火づくり、星づくりの詳細は見落とすことさえあるのに、遙か遠くではぜんぜん無理。それでは競技花火大会観覧と言えないと思う。遠間で観た者は、写真や動画の成果だけを得るならばともかく自身のブログやHPなどでそこからの花火の良し悪しについては語る資格はない。10回も20回も観覧、撮影していて正面はもう飽きたという猛者ならいざしらず、初観覧、初撮影に近い者はまずは競技花火部分を鑑賞するのが先だと思う。遠距離から写真やビデオで録っただけでは少なくとも花火を観たことにはならない。それはたいへん勿体ないことだ。それでいて制覇した戦果を誇るかのように写真やら動画やらを吟味することもなく垂れ流す。それは記録ではあるけれど作品でもなんでもない。数キロも離れた所から肉眼でなく、カメラの望遠レンズや双眼鏡を通しての「観覧?」なんてまるで覗き見じゃないか。それで音もアナウンスも聞こえない彼方からその大会を観覧したとか言われてもなぁ。自身に問えばわかる。映像は望遠で寄せられても、身体が「遠い」と叫んでいる。何の体感もないと訴えている、そうではないか?
愛好家同士のご好意や融通もあって、目隠しネットを背負う位置で知り合い同士三脚を並べての観覧が叶った。
大曲は毎度、こうして会場全体を眺められる位置に立って見渡す時、「ようやくここまで来た」と感激するのだが、今年ばかりは桟敷券の入手難もあって、本当にどうなるのかと気を揉んだ。宿の手配は早くから済み、帰りの新幹線指定券も鉄分の濃い仲間の尽力でなんとか入手できた。しかし肝心の観る場所が開催月になっても手当てできなかったからだ。現在の「正面の殆どは有料席」というような状況で、有料席無しに観覧することはかなり無理がかかる。
15時も過ぎると河川敷の通路は大変な混雑となり、場所によっては行き交う客が身動き出来ないような状態になっていた。僅かばかりのA桟敷と露天商との間の一般観覧エリアにしても、わざわざその場所のど真ん中に浮島のようにトイレをまとめて配置するという、まるで無料で観覧する一般客の座る場所を奪い取るようなイジメとも思える設置には呆れた(図版参照)。浮島トイレ群に向かって近くの通路からトイレ行列用の通路が設けられている。近くに陣取れば、ずっとトイレ行列とトイレの塊を見て過ごす事になる。従来通りA桟敷のトイレ群と背中合わせに横一列に並べればよいのに、空いている河川敷のスペースのど真ん中で10〜20期のトイレを扇形にまとめて配置すれば無駄な面積を取り、それだけ大幅に一般客が座れる場所が無くなってしまうのだ。図を見てピンクの場所取り可能な範囲がどちらのトイレの置き方の方が多いだろうか?
昼花火競技
昼花火競技は何が悪いって、太陽が出ている天気ならば打上場所が悪すぎる。下流側に延びたA桟敷客に配慮したのか、会場中央よりずっと下流側。問題点はメイン側から見ている半数の客にとって沈み行く太陽が花火の裏側に入ってしまい、眩しくて観てられないということだ。おそらく肝心の審査員席からは完全に開花と太陽が重なってしまうだろう。昔のように上流の金谷橋寄りにすれば全桟敷からよく見えるのにどうしてこんな設置になったのか。下流側に配慮するなら、現在の位置と元の上流側と同じ玉を二箇所打ちにして欲しい。せっかく稀少な昼花火なのに“見せない”設置とは恐れ入る。もしくは30分開始を後にずらせば西山の向こうに日没するのだから17時30分スタートにすれば良いのだ。
100年記念プログラムとして昼花火の全競技の終了後に昼花火ワイドスターマインが行われた。それ自体はともかく、普段はやらない大小の旗物、袋物を大量に打ったことが面白いし稀少だ。旗物には「祝 大曲の花火100年」と大書されていた。袋物は風向きの関係で巧い具合に2つほどA桟敷に落ちてきた。パンダが描かれた袋を大勢が手を延ばして奪い合うのがちょうど真正面に見えた。昔は竹竿を持って追いかけたといわれるがその気持ちも分かる。
以前こうした半逆光で撮影もしたが、今回の場所からはもっと太陽がまともで撮影にもならず日除けにしていた傘で太陽を隠しながら、傘の陰から覗き込むように競技を観るしかなかった。
それにしても、かつてはA桟敷の下流側の外れなどはB桟敷としてより安く料金を分けていたが、現在は下流側に多少配慮した打ち上げ場所としているのを名目に、川縁の桟敷は全てがA席で均一料金になった。しかしさすがに総延長1キロメートル以上もある桟敷に対して、実際の打ち上げ場所の総延長はその半分の500メートル。打ち上げ空間にして550メートル程度しかない。これで両端に当たる区画も打ち上げ場所に面した中央500メートル部分と同じ料金というのは問題じゃなかろうか。
夜の部競技
ようやく夜の部にこぎ着けた。500メートルナイアガラに点火しての開幕はいつも通りだが、裏打ちとして上がる花火は100周年記念企画としていきなりワイド打ちで始まった(写真右)。しかしどうだろう?このワイドの貧弱なこぢんまり感。記念企画なら500メートルのナイアガラの幅に揃えて20箇所くらいから打ってはどうか?いや、桟敷の幅で1000メートル50箇所打ちでやって、観客の度肝でも抜いたらどうなのか。それでこそ大曲だろう?
そういえばツアーのバス20台以上が夜の部が始まっても現地に到着できなかったらしい。 創生期の花火ツアーならいざしらず、失敗と改善を重ねてきた近年のツアーじゃあり得ない失態だ。比較的接近したバスは客を降ろしたようだが、暗くなっての見知らぬ土地。客の多くはバスの周りで見物したらしい。場数を踏んだはずのツアーバスが立ち往生するほど人も車も殺到した年なのだろうか。
暑い……プログラムを見てもまだ10番前後のところだった。先は長いと考えて「持つかな」と少し体力的に不安になる。大曲の一日は長い。ようやく本番の夜の部になったのに蒸し暑くて立っているだけで汗が止まらない。大曲の夜でこんなに「まだ終わらないか」と考えるほど暑いのは初めてのような気がする。ぼーっとして集中力がぶつぶつ切れる。ところどころ、レリーズを忘れたり、ぼーっと見送ってしまったり。私の前回観覧は2008年だが、この年は雨で用意していた衣類を全部着込んだほど寒かったのに比べればなんという違いだろう。
カメラは2台、三脚も2本。大曲となるとそれは最低限必要だ。カメラ1台でも対応できるが、昨今の大曲は進行が忙しいので厳しいと思う。とくに今夜は100周年企画の打上量が多いのか、煙の掃け待ちもせずどんどん進行してめまぐるしい。メインは35ミリからのズームで10号割物競技を含め大抵はこれで撮れるという感じだが、競技花火の設置場所と自分の立ち位置の関係で毎回同じではない。二箇所在る創造花火の設置場所のうち自分に近い方では、目一杯の気がしたので、そちらの打上の時はもう一台の28ミリで対応する。10号割物は玉だけ。下から入れると28でも上が切れてしまうものがある。
大会提供は24ミリ横位置をメインとした。最後を除く他の100周年企画はほぼ28ミリの縦位置で対応できた。100周年企画では従来の広告仕掛けを全てスペシャル仕様のワイド仕立てにしてあるのだが、5箇所打ちにしたところで全体幅がそれほど無くて、縦位置に収まる程度のワイドということだ。
気になる風はだいたい下流から川に沿って吹いている。最後までこのままとも思えないが逆風なわけでもないので良い方か。
大曲はもう少しゆったりしているはずが、フイルムチェンジも枠にフイルムをセットしておくのも忙しいほどどんどん打ち上げが進む。それでこの日最大のピンチというかパニックに襲われる。
今日は区切りをつけるため大曲にて、自分の経験を持てる力を全て出そう。悔いの無いようにしようと決めていた。それだけの経験もトラブル対処も経てきているし、どんなときも臨機応変にこなしてきたじゃないか。だから大丈夫と。しかし場数は踏んでも思いも寄らない、しかも経験したことのないトラブルはやってくるものだと思い知った。
1/3程も進んで、何度目かのフィルム枠にフイルムをセットしようとして、目が点になった。なに?……この色。
なんとどこで間違ったか、Velvia100Fの中にVelvia100が混じっていたのだ。私は箱からフイルムだけを出して専用のポーチに入れている。外袋の色は同じ青色で100か100Fの文字の違いしかなく、Fの文字がついているかないか。それだけの違い。中のフイルムを取りだしてはじめてリーダー紙の色が違うので別のフィルムだとわかるのだ。100Fは外袋と同じ青色。しかしこの時、本番の撮りで見たこともない緑色のリーダー紙を見て一気にパニクった。過去に一度も買い間違ったことがないから、使ったことのない100のリーダー紙の色も初めてみるのだった。同じポジフィルムで問題はないと思われるかもしれないが、使った事のない銘柄、発色特性もフィルムの癖も判らないものを本番の撮りで使うわけにはいかない。まして全力投球の大曲の本番舞台。
冷静に対処しようと考える。どうやらひと箱5ロール分をパッキングミスしたようだ。外袋を見てその分をハネる。するとこのままの調子で撮ったら残弾が足りなくなってしまう……かも。その時は使わざるを得ないか。この日持参したフイルムは20本。余裕で残るはずだったが、うち5本がまるまる違っていて、使わないことにすると15本。昼花火をフイルムで撮っていない今日はそれでも足りるはずだが節約しなければと思うと残念。結局終盤は煙ってしまって一気にペースが落ちたからほとんど使わずに済んだのだけれど(しかし1本だけ使う。どういう特性と発色が試したくなったからだ、だから半分煙ってどうでもよくなった=撮ってもフイルムの無駄相当=100周年のプログラムに使用)。
今年も20時40分頃と公言している大会提供を、引っ張りに引っ張って(それでもスケジュール通りだが)21過ぎ、22番の青木煙火の終了を待って開始した。そもそも「頃」って……?。大曲はいいかげん、土浦のプログラム誌のように、競技に挟まる広告仕掛け、大会提供の開始位置(時間)を明記してもらえないだろうか。予定としながらその時間に始めず、いったい何番の競技と何番の競技に挟まるのかまったくわからない。成り行きや臨機応変で進行しているのじゃなく、タイムスケジュールがあるはすだから、きちんと開始時間や、それがアバウトでも21番と22番の間とか記載できるはずじゃないか?同じ競技会で土浦でできていることが何故日本一を自称する大曲でできないのだろうか?ここでやります、と予定をださないものだから、仕掛けや大会提供のような発煙量の多いプログラムが地元出品業者の前にならないように調整しているのだと言われるのである。
カメラ1台は、大会提供用として待機させてあるので、画角を変えてメインもレンズを換えて備える。
ほぼ中央で小規模なワイドでスタートしたそれは、次第に会場全体に打上幅を拡げスピーディに星を放ち、大玉を載せ、リズミカルに波打つように各種の花火の開花を空に並べていく……。
大曲大会提供が規範となった音楽付きのワイドスターマインはいまや各地に在り、大会提供は一時期のストーリー性のある演出は見る影もなく「何処にでもあるワイド一斉打上のひとつ」になってしまっていると感じる。大曲ではそれを大会提供と呼んでいるに過ぎない。桟敷の幅(1000メートルワイド)で10号をふんだんに入れて打つくらいの事をしなければもう優位は無いと感じる。お待ちかね、今年はどんな物を見せてくれるのか?と期待して思いながらもどこかで、もうそんな物は見られないのじゃないかと、冷めた気分もある。そうあるのも時代の流れとはいえ行き詰まりを感じ、もう「大曲でしか観られない出し物」ではなくなっているのだろう。
むしろ競技花火部分が「大曲でしか観られない出し物」のはずだが、花火紹介記事やランキング企画の映像に踊るのは常に大会提供花火ばかりで、“選りすぐりの花火業者が腕を競う競技大会である”ということは主催者にとって実質はもう二の次になっているのだろうか?
結局大会提供の全貌までだいたいよく見えてこの後、低く煙が滞留してしまったし、風向きも悪くなった。だから大会提供後の5業者は気の時だったと言わざるを得ない。少し待てば改善するのに待たずに次々と煙の中に打ち込んだ。それが日本一を豪語する競技花火大会のやり方だろうか?100年だ100年だ100年だと謳うより、各地から参加してくれている競技出品者に敬意を払うべきではないのか?それを主催者はもう忘れてしまったのだろうか?肝心の競技出品作の打ち上げを蔑ろにしたと各方面から言われても仕方ないだろう。こうしたやり方は長年大曲に心酔して通い続けた私には誠に残念でならない。
100年記念特別も感動しなかった(写真右。100年記念打上のどれか)。凄いし物量も多い。だけど目新しくもないし心に響かなかった。視界が良くないせいもあるが、開幕からこれだけワイドで打たれるともうお腹一杯だったのかもしれない。だいたい競技花火大会で、その競技で出品されるそれ以上の広告仕掛け花火を見せて本末転倒してどうするのか?その中で良かったのは全出品業者から供出された7号玉バラエティショー。地元以外は対打ちで、地元煙火店は5箇所打ちでそれぞれの得意玉が披露された。良かったけれど、打ち方は酷い。せっかくの各社供出による多種多様な玉なのに、玉名をアナウンスするもなく矢継ぎ早の急ピッチ。まさに余韻のかけらもない。前の玉の盆が延びている中にもう次の玉の曲導が昇っているという塗りつぶしの被せピッチ。およそ鑑賞とはほど遠い打上で、それで花火を大切にしていると謳う最高峰の競技会での打ち方なのか、と問いたい。
今回感銘したのは競技出品業者が、100周年を意識してかどうか渾身の作品を披露したこと。
それが競技大会での当然とはいえ、主催者が既に念頭に無いであろうそのあたりを出品者自身の矜持により保たれたことに感銘した。地元では大会の本来である競技をとうの昔に放棄してしまったのではないかと錯覚するくらいの100周年記念のお祭り騒ぎ。
最高峰の競技会と言われる大曲ですら、この創造花火のために新しく演出を考え、それに合った新しい玉を造ったり、星を造ったり、打上方を考えたりする業者は全てではない。そしてそれが可能な業者もまた少ない。たいていは持ち玉を再構成したり、その年新規に考案した玉を入れたり、つまりは大曲のために全てを一から組み上げる業者はまずごく一部だ。だからその一部に関してはまさに光り輝く出品作だったと感銘したのだ。
創造花火で心に残った出品をいくつか挙げれば------
菊屋小幡花火店。今回の見どころは割物に仕込んだ「虹色変色星」だろう。近年いくつかの煙火店によって従来のn度変化を超えるような凝った星掛けによる変色星が生み出された。これは近世花火史に記されるべきことと考える。古くは紅屋青木煙火店の四度や五度に変色する親星があげられるが、それを応用発展させたものといえる。当の青木煙火は、土浦の競技会などを皮切りに6色にも7色にも数秒の短時間のうちに変化する星を、ポカ物に仕込んだり、ザラ星にして披露した。今回も同様の星を使って効果的に心に訴えている。
これに対し今回の小幡花火のそれは、割物の親星が開発して消えるくらいの比較的長い時間の中で、ゆっくり7色に変色させてレインボーに見立てる、といった方法で一般観客にも判り易かったのではないかと思う。親星に使う虹色変色星は足並みの揃った一種類のみをひとつの玉に使っているので、何色もの変化は同時一斉に起こるので判別しやすい。
割物に仕込むということでは、堀内煙火が09年の競技会などで同様の割物を披露しているが、そちらは変色の順番が違う星を数種類ランダムに仕込み、全体として複雑な虹色変化にしている点が違う。
驚いたのは斎木煙火本店で、万華鏡系というより同県内のマルゴーのクリスタルフラワー系の玉を使い、これが見事で見惚れた。実状はともかくこういうのが出てくるから大曲は目が離せないし気が抜けない。
紅屋青木煙火店と野村花火工業。ここへ来てまったくルーツもコンセプトも違う作家が奇(く)しくもそれぞれが辿り着いたひとつの答えのように同じ方向性の演出をしていたのは面白い巡り合わせだと感銘した。もちろん示し合わせたはずもなくたまさかに。それは意外性とか、奇をてらうとか、観たこともない、というような部分を前面に出さないやり方だ。
心に訴える演出とでも言おうか。創造花火の中で各出品者はさまざまな見せ方をする。タイトルに凝って、主軸となる新作玉を見せる、新しいほしや 部品を見せる。花火の現象と流れ、星の色彩や動きは眼に映るものの、それを通して胸の内に伝わってくる何か。既存の持ち玉の再構成にしかみえなそうで、組み合わせ、タイミング、場面切り替え、間の取り方に、絶妙なさじ加減を施している。個々の玉がどうかというより全体で、全体の流れでストーリーで、感動をじわじわ与えてくる。
ここのところが、とはいえない。確かに、お、この星は新しいとか凝っているとか、形が工夫しているとか、そういう見方もある。しかし見終わってすーっと心に入り、心を震わせる。そんな演出だ。いつもの玉ばかりじゃないか、と観る方は木を観て森を観ていない。もちろん散りばめられている凝った技術にも目がいくけれど、それを見せたいのじゃない。トータルで心に語りかけるイメージだ。
最後の100年記念「讃歌」のあとの、10号30連打からのレギュラープログラムでは、最初の10号を見たとたんにもう片づけに取りかかった。この30連打の開花が完全に煙で見えないのは初めてだった。だから観ても撮っても仕様がない。炸裂する音を聴きながら黙々と手早く展開した機材を片づけた。
最後の花火師とのエール交歓はぐっと来るものがあった。総延長1キロメートルを超えるA桟敷の上で、無数のライトや携帯電話やらがその長大な幅一杯に乱舞していた。そのもの凄い数の光の洪水とスケール感に圧倒された。対岸の花火師さんたちからは全観覧席からのもの凄い量の地上の星が認められたに違いない。そのことにしばし感動した。
片づけてワープドアを抜けて駅に向かうも、バナナゲートの階段下には道を塞ぐように膨大なゴミの山が盛り上がっていたのには驚いた(通れないっし)。ゴミ箱なんか無かったのに。
駅構内にもすんなりと入れて、乾いた衣類に着替えをして同じ列車の仲間の到着を待つ。ホームに佇んでいると少しだけ涼しい気がした。毎度の事ながら自分にとっての夏の観覧が終わったと感じるひと時だ。いつもなら充実感や幸せ感に包まれているはずだが違う。疲れているのかもしれないが過去に経験した心地よい疲れとは違う。全体としてひどく進行があわただしく、せわしなく追い立てられているような観覧だった。個々の競技出品作には深く感動した作品が多かった。特に創造花火は名作が多かったと思う。しかしレギュラーの大会提供をはじめとして特別番組は感動が薄かった。凄いけれど心が震えない。どこでもやっているようなワイド。
100年の84回を数え、私の大曲観覧もひと段落の時期を迎えたと考えた。思えば1990年、初めて大曲に訪れて以来20回の観覧を経てきた。今後は3年に一度、5年に一度たまに観ればよいかなと考えている。今回の観覧はそのけじめを自分なりにつけるための観覧だった。それはたくさんの回数を観たからもう結構というのではなく、大曲そのものが全ての点に於いて、現状がピークで限界点だと認識できるからだ。もちろん一番の出し物である花火内容は今後も進化するに違いなく、継続して見続ける価値は損なわれないだろう。この100周年記念大会において、主力業者は渾身の創造花火を出しており感動できた。三重芯、四重芯の完成度もより高くなったと見られる。しかし花火大会という興行として考えれば、観客収容数、JRなどの公的輸送機関、ツアーを含めた道路交通関係。宿泊施設状況。インフラの全てが限界点。もし桟敷を倍にも拡大して収容数を増やしたとしても、輸送機関、宿泊、道路交通関係がそれを許さないだろう。とくに道路交通関係は警察が許可しないと考える。またJRも大晦日のように夜通し臨時便を走らせなければならないだろうが、果たして車両や人員の確保が可能なのか?花火にしても黙っていても桟敷が完売するような状況で、これ以上出し物に金をつぎ込んでも仕方ないと考えているかもしれない。100回記念という区切り。上記のような全ての運営機能の限界。 テレビ番組での花火大会ランキング日本一獲得。全ての点に於いて望みうる最高と極限を成し遂げてしまったわけだ。だから現状ではこれ以上は考えらない。“最高のモノを観てしまったらもうそれ以上はない”のだから、私としてはそれでひと段落と思えるのだ。
私は大曲は「最高峰の競技会」とは何度も言ったけれど、日本一の花火大会だとは思っていない。だいたい花火内容や大会運営など総合評価で日本一になる大会など無いのだ。大曲は競技会であって納涼花火大会じゃない。それらと一緒くたに順位付けすること、その中で日本一だとする事自体が陳腐なのだ。別に自称するのは自由だが、競技会としても既にスターマインの頂上決戦はとうの昔に土浦にその場を移しているし、8号10号をふんだんに使えない大会提供はそれだけで他のワイドより分が悪い。不透明な有料席販売といい、日本一を自称する根拠も相当に薄れていることを自覚すべきではないだろうか。余興のはずの広告仕掛けに10号を打って物量も圧倒的では、競技創造花火も大会提供も霞んでしまう。何も知らない観光客が競技じゃなくて広告仕掛けのスターマインに拍手しているのが現状。つまるところ花火にかこつけた年に一度の壮大な町おこし、稼ぎ時。最高の競技会のはずがそんな媒体になっているのが哀しい。
大曲が残念なことのひとつに、今回もそうだけれど気象条件に恵まれないことが上げられる。場所は最高だが、気象条件は常に安定しない。私が観た20回のうちメイン側からの最高の観覧条件だったのは2回のみ。出品花火作家に公平な舞台を提供できる機会が10年に一度あるかないかでは、それは競技会の舞台としてどうなんだろうか。
永年花火大会を観てきて近年考えている事の一つに、「あるプログラム、ある大会での最高の感動は一度きりのものだ」というのがある。その後何度観ても、それが最高だった時を超えられない、しかしもっと上があるかもしれないと通い続け見続ける呪縛から解放されない。しかし確実に最高と思えるときは、花火そのもの、気象条件、観ている自分の気持ちの入り方、花火師の高い打上パフォーマンス。様々な要素が高いレベルで合致して最高の一瞬を生み出す時があるとすればそれは2度3度あることではないのかもしれない。ということを。大曲も過去に一度二度運良くそのような機会に恵まれた。しかしあの時のそれ以上を観たいと通い続けるも、それはなかなか更新されることではなかったのだと今更に思い当たる。
今回は特別な出し物を増やしたからなのか、肝心の競技進行が非情にすぎた。煙待ちをするもなく時間に追われる様に進行した。スケジュールどおりだからと、停滞した煙の中に打ち込まされる出品業者は、遠路はるばるしかも、工夫をこらした出品玉を携えてきてこの進行ではやりきれないのじゃないかと思う。私の周りに居た一般の(特に花火マニアというほどでもない)団体客の間からも「余韻に浸る間も無いわねぇ」と声があったくらいだから、どれほど駆け足の進行なのかと。
ともあれそれが競技会に相応しいやり方かどうかは別として、全て予定どおりのタイムスケジュールで問題も事故も無く、綿密な準備と用意があり、高い打上技術と実行力の成果といえ、無事に全てを終了したことは素晴らしい。100年記念の熱に浮かされたようなお祭り騒ぎは今年限りだから、次回から腰を落ち着けて良い花火とは何か、を追求して、本来の競技会としての真摯な運営の姿を取り戻してほしいと願って2年ぶりの大曲駅を後にした。
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