発行 サークル花火万華鏡
編集同人 川上信定 武藤輝彦
矢野誠一
奥村 純 小野里公成
発行所 〒201 東京都狛江市
和泉本町2-34-4 武藤輝彦内
定価 年4回発行
1500円(送料共)
郵便振替 00130-9-663056
花火万華鏡第17号より一部の記事をご覧になれます。
バックナンバーを読む
●FRONT PAGE
マカオの花火 -沢木耕太郎
●連載
花火いのち(17)ホタルと花火 -川上信定
明治14年版 清水卯三郎氏の著作について その3 -清水武夫
花火大会よもやま話(16)
'99 花火ファンの全国行脚 -奥村 純
●寄稿
もっと詳しく説明を
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宮武二郎
21世紀を花火で祝う -M・T記
大玉花火打揚概史 -長谷川健一
随想・ネオンと花火 -宮原 章
新年花火 加油(がんばれ)台湾〜花火が勇気を -石川 淳
雑感 -FURUKAWA
終わりなき夢の続き -横尾誠司
●NEWS TOPICS
大曲新作コレクション成績
●研究
爆竜物語 -武藤輝彦
●COLUMN
若い花火師の夢 -嵯峨井大民
質問箱
万華鏡
●サークル紹介
龍勢ロケット豪快に-タイ国との交流
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埼玉県吉田町ヤトソン会会長
吉田町龍勢保存会高雲美流代表
新井瞭寿
●編集後記
FPONT PAGE
マカオの花火
-沢木耕太郎
3年前、ラスヴェガスでボクシングのタイトルマッチを見た。マイク・タイソンがインヴェンダー・ホリフイールドの耳を噛み切った、あの試合だ。
その帰り、どうやって日本に帰ろうかぼんやり考えながらタイムテーブルを見ていると、ユナイテッド航空にサンフランシスコから香港へ向かう直行便というのがあることに気がついた。
これには驚かされた。私には、アメリカの西海岸からユーラシア大陸の東端へ行くには、物理的にも経済的にも日本を経由しなくてはならないという先入観があったからだ。ところが、現実には、ノンストップで太平洋を飛び越す便があったのだ。
私はその飛行機に乗ってみることにした。東京に帰るのには少し大回りをすることになるが、それはノンストップで太平洋を越えるということの醍醐味に比べれぱなにほどのこともなかった。飛行機は満席状態だった。その理由は香港に着陸するときになってわかった。なんと、その日は「ブリティッシュ・ホンコン最後の一日」つまり香港返還の当日だったのだ。
香港返還に際しては私などにもいくつか仕事の依頼があった。しかし、中国に返還された香港がどうなるかには興味があるが、香港返還のセレモニーそのものには興味がない、とすべて断っていた。それがまさに返還当日に香港に行くことになってしまった。その偶然は面白かったが、香港に来ているだろう友人や知人に、やはり香港返還を見たかったのではないかと思われるのもしゃくである。
そこで、飛行機がカイタク空港に着くと、その足で空港前から出ているバスに乗った。行き先は香港島の中原にあるマカオ埠頭。そこからはマカオ行のフェリーが出ている。つまり、私は返還に湧く香港を素通りしてマカオに行こうとしたのだ。午褒7時25分に埠頭に着くと、7時半のフェリーが最終だと言われた。ヴィクトリア湾で行われる大花火大会のため、湾が封鎖されるのだという。私が少し慌てて「席はあるか」と訊ねると、窓口の若い男に笑われてしまった。わざわざこんな日に香港からマカオに出て行く人はいませんよ、と。確かに、乗り込んだフェリーに客はいなかった。私を含めて7、8人しかいない。小雨の降る中、閑散としたフェリーはマカオ埠頭を瀞かに離れ、正確に1時間後マカオに着いた。
私はいつものようにタクシーでリスボア・ホテルヘ向かった。香港では返還を当て込んでホテルがとてつもない高値をつけていると聞いていたが、リスボア・ホテルは通常と変わらないレートで泊めてくれた。
しかし、リスボア・ホテルの真ん前にそびえている中国銀行のビルの壁面に、香港の「祖国回帰」を祝う大きな看板が出ている。部屋でシャワーを浴びた私は、地下のカジノに降りて行くついでにフロントで訊ねてみた。香港返還を記念してマカオでも何か特別な行事をやるのか、と。すると、日本語を話すレセプションの女性がにこやかに答えてくれた。「ハナビ、やります」
マカオで見る香港返還の祝賀花火というのは悪くなかった。時間を訊ねると、午前零時からだという。2時間ほどカジノのバカラのテーブルに座っていたが、午前零時が近づいてきたので適当なところで切り上げて外に出た。
リスボア・ホテルの前の公園には、さぞかし多くの人が出ているだろうと思っていたが、予想に反してほとんど人影がない。恋人同士らしいカップルが数組と、同性のグルーブがいくつか、それと家族連れが2組。花火見物はたったそれだけだった。やがて、午前零時になり、降ったりやんだりの雨空に花火が打ち上げられはじめた。ところが、その花火が、見物人の数と見合った不景気なものだった。打ち上げ場所は、公園の前に広がる埋立地と沖合にあるタイパ島とのあいだの海である。その海に向かってボンと打ち上げられると、数分してボンー……ボンと2発が打ち上げられる。これで勢いがつくのかと思っていると、また数分の間があって、ボンと1発打ち上げられる。そうした調子の打ち上げが果てしなく続くのだ。不景気なことおびただしい。
しかし、そこでぽんやりと見ているうちに、こうしたのんびりした花火も悪くないと思えてきた、1発1発をしみじみと観賞できるし、3発も連続して打ち上げられると素朴に「すごい一」と思えてくる。私たちが日本のさまざまな場所で見ている、何十発も連続して打ち上げられる派手で多彩な花火だけが花火ではないのだ。ほぼ1時間、ぽつりぽつりと打ち上げられるマカオの不景気な花火を、しかし私はとても幸せな気分で眺めつづけた。わずか数十人に観客と共に。
(ノンフィクション作家)
連載・SERIES
花火いのち(17)ホタルと花火
川上信定
なるべく1人でというのが私の花火観賞スタイルだ。
初心者と同行する、感激してくれるのは嬉しいが説明に追われてメモも取れない。また、記憶の襞への焼き付け作業もおろそかになる。
それゆえ「連れて行ってぇ」には基本的に冷たく応じているのだが、何事にも例外がある一。
14年前の8月10日。私は外苑前の「ジョン・パワーズスクール」で午後3時に授業を終え、講師室でお茶を飲んでいた。
そこへ大の仲良しの馬場雅夫さん(故人)が入ってこられた。フリーの名人アナでコミニュケーションを担当している。これから5時まで授業があるという。
「川上さん、終わったらイッパイ行きませんか」
「それがねえ、今日は鎌倉の花火に出かける予定でして」
「いいなあ。ご一緒してかまいませんか」
「いいですとも。終わったら横浜か大森まで戻って一献しましょう」。
そこへ「ウォーキング」講師のスーザン先生登場。スタイル抜群の米独混血嬢である。
「まあ、花火!連れてってェ、連れてってぇ」
結局、3人でということになった。馬場さんは両国を、1回見たというがスーザン嬢は全く花火経験なし。ピクニック・シートだけを持ち、「失礼、ごめんなさい」を連発して波打ち際まで出た。
「わ一あっ、きゃ一あ、きれ一い、すご一い!」一どちらかというとドイツ娘の理知を感じていたスーザン嬢だったが、水中花火を見たとたん100%ヤンキー娘になってしまった。
鎌倉は毎年のように見ているので別にメモを取る必要もない。私は間われるままに水中花火のメカニズムや全国行脚についてお2人に語った。
このとき、スーザン嬢は27、8歳だったろうか。帰り道、一パイやろうよ誘うと、なんと門限があって午後11時厳守なのだという。ドイツ人の父君が厳格この上ないそうだ。
「へぇ一っ、今どき、ねえ」
私は馬場さんと顔を見合わせた。それに引き換え、日本の娘は………と2人ともドイツ流家庭教育に感服したのである。
実は、すっかり花火が気に入ったスーザンは「また、どこかに連れて行ってぇ」とせがみ、私は0Kしたのだが、門限が11時では大抵は無理。それを説明して引導を渡した。
一一馬場さんは今から7年前、胃ガンのため亡くなった。59歳だった。その1年前、私はもう一つの道楽である競輪の小倉競輪祭に、やはり競輪好きの馬場さんとご一緒した。
2人とも汽車好きなので往復新幹線だった。
川上さん、あの花火よく思い出します。ボクは、花火は人間の存在の根源の哀しみみたいなものを表現していると思うんです。ホタルと同じにね」車中の馬場さんの言葉を想い出す。死を予感していたのだろうか。
サークル同人・新刊「花火大会に行こう」著者
花火愛好家奥村 純の
「花火大会よもやま話」(16)'99 花火ファンの全国行脚
平成11年に見学した花火大会について、簡単に感じたところを書いてみよう。
(1)3月20日(土)大曲・新作花火コレクション
当年から出始めた、紅妖精を山内煙火・斉木煙火・田村煙火が使用していた。唐津煙火の色が鮮やかでよかった。
(2)3月21日(日)よみうりランド・リニューアルオーブン・999ファンタジア
花火小雨の寒い中で開催。九玉屋のコンピューター花火で音楽に合わせて、16分間にわたって、2会場でワイドに上げた。4号以下で虎と集落が多かったとはいえ、各種花火を揚げている。
(3)3月21日(日)下田黒船祭花火大会
本年度より、5月第二金曜日に開催と変更。そして開催時間も40分間から30分間に短縮。芸協の5号5発さすが出来が良い。5台の海上スターマイン一斉に続く。20号昇り付き芯入り錦冠菊のエンディング良かった。
(4)6月2日(水)横浜開港祭・花火
開港140周年ということで、例年より長く26分間にわたって開催。早打ちが多く、間延びしていた。小割松島も例年通り開花。錦冠菊のスターマインそして10号八重芯錦冠菊で終了。
(5)7月3日(土)弁天島花火大会
筆者は昭和60年から見学しているが、初めて雨の中での開催。確かにプログラムに雨天決行と書いてあるが、翌日の天気予報は晴れとなっているのだから、順延すべきだった。途中から雲が低く垂れこめ、5号はかすみ、10号も下端がかすんで見えるだげであった。その中で20号3発同時打ち上げ、何も見えず音のみ。せっかくの花火が勿体なかった。
(6)7月20日(日)横浜国際花火大会
水上スターマイン・枠仕掛け中止し、すっきりした。例年通り、小割松島・各種千輪菊、篠原煙火店の10号八重心菊が上がっていた。最後のワイドスターマインも良かった。
(7)7月21日(水)調布市花火大会
悪天候での開催を避げて、7月の当日に変更したのに、15時頃より雷雨となったが、夕方には雨も上がり決行。10号100連発・芯菊に始り、演出を考えて各種花火を上げ、芯菊で終了。手抜き玉がなく良かった。
15号入りスターマイン・大玉入りワイドスターマイン等、良く練られた企画演出による素晴らしい大会。
(8)7月23日(金)たまむら花火大会(群馬県)
総打ち上げ発数は少ないが、小幡煙火店の高品質な花火のみが見学できる。非常に内容の濃い大会。5力所からのワイドスターマインで始まり。7号まで入った10ヵ所からの銀冠ワイドスターマインで終了。10号・三重心菊・四重心菊共しっかり開花し感激。
(9)7月24日(土)浦安納涼花火大会
江戸川区花火大会ほど発数は多くないが、鍵屋式ワイドー斉スターマインが見学できた。風があったため、色が良く見えた。
(10)7月25日(日)豊田おいでんまつり
芸協の花火、打ち上げ方を変更し、5号は5号のみで2ヵ所から同一玉を上げ、8号と10号は1発ずつ上げ、高品質な花火を堪能できた。磯谷煙火店のメロディースターマインで「ダンゴ3兄弟」の昔楽に合わせて、串のダンゴの型物花火がしっかり決まり、会場が大いに涕いた。
(11)7月29日(木)足立花火大会
4号以下で玉は小さいが発数は多く、迫力ある大会。お粗末な音響装置による昔楽と、音楽に合わない花火による、昔楽花火と称する情けない花火、花火会社としてはサ一ビスしているつもりだろうが、止めてほしい。この種の花火は、金をもっと出さないと無理である。地上孔雀花火・狭い会場の当大会では、星がどのように飛ぶか分からず、危険であり直ちに中止すべきである。
(12)7月31日(土)石巻川開き祭り花火大会
水面から少し、上昇して開花する水中花火が良い。10号2発ずつ、有力8社の共演、筆者の採点では1位は野村花火の三重芯菊、2位は青木煙火の八重芯菊であった。芳賀火工の、7号5ヵ所からのワイド打ちや、ワイドスターマインさすがに見応え十分。佐藤煙火。若松煙火も力を入れていた。
(13)8月1日(日)PL花火芸術
日曜日のため、例年になく観客が多かった。風向き、例年と逆。15号4発・昇り付き変応変化菊すべて見事に開花。彩色千輪菊のスターマイン・椰子のワイドスターマインが良い。最終スターマイン・昇り紅付銀菊発数がへったとはいえ、規模と演出の素晴らしさで当然日本一の大会。
(14)8月2日(月)長岡まつり花火大会
風向き、風速等の気象条件、近年になく良く花火が楽しめた。不況の影響だろう、スターマインに含まれている花火の発数が減っている。当年より、20号3発連続打ち上げを含め、20号4発を上げた。さらに当年より5ヵ所から10号まで入った、それぞれ違った色のワイドスターマインを上げた。前年からのミラクルスターマインというワイドスターマインも上がり、主催者が良い大会にすべく新しい企画に工夫を凝らしている。花火の提供会鶯唇音力;簑篇簑簑葦を実感す乱匿
(15)8月3日(火)平成淀川花火大会
本年より最大8号となってしまった。台船8隻をそれぞれ、国友銃砲4隻・イケブン2隻・武舎煙火2隻と分担し、花火会社ごとにワイドスターマインやワイド早打ちを実施していた。
(16)8月4日(水)熱海海上花火大会
イケブン、コンピューターを使用したワイドスターマイン・虎・斜め打ち等打ち上げが良かった。8、10号共八重芯菊1発ずつ上げる。空中ナイアガラ、紅牡丹続いて緑牡丹そして銀冠菊段打ち。
(17)8月5日(木)熱海海上花火大会
丸玉屋、コンピューター使用の花火ファンタジア、各種花火を使用して良くまとまっていた。空中ナイアガラ・葉落を上げてから、銀冠菊段打ち。
(18)8月7日(土)神明の花火・市川大門
20号、変芯変化菊3発・芯入り錦冠菊2発の計5発(1発は過早発だったが)も出品したが、彩色千輪菊や前年は上げていた小浮模様も交ぜてほしかった。
コンピューターを使用した小型花火も出していたが、10号などの大玉のワイド打ちもあり迫力ある大会。しかし、途中の15分間の休憩で間延びした大会になっており、休憩はやめるべきである。
(19)8月8日(日)熱海海上花火大会
イケブン、コンピューターを使用したワイドスターマイン、比較的大きな玉まで入っていたし、集落の色が良かった。8、10号共八重芯菊1発ずつ。空中ナイヤガラ、最後に紫芯銀冠菊が入っていた。
(20)8月14日(土)勝毎花火大会(帯広)
小雨で1日順延。北海道で一番の規模というので見学。花火の質は良いが、花火の解説等の案内が長く、ダラダラした大会。連星ならびっくりしないが、横連星がしっかり夜空に漂い感激。10号では八重芯菊や二度咲千輪菊も見事に開花していた。最後の8分間は、4号以下の3ヵ所ワイドスターマイン、早いピッチで上げっ放し。続いて7・8・10号を上げ、最後は20号・昇り付き変芯変化菊(芯も大きく、きっちりとした良い玉だった)で終了。
(21)8月15日(日)ふくろい遠州の花火
前日は天候は良好だったが、見学席が一昨日の大雨で水浸しとなったとのことで本日に順延。10号100連発・花火コンクール・メロディースターマイン等々と素晴らしい大会。風が弱いのと花火の発数が多く、その煙とで花火が一部見辛かった。
(22)8月21日(土)境町利根川花火大会(群馬県)
30号2発・20号1発・打ち上げ1万発と情報誌に出ていたので行く。19時開始予定が、やっと20時10分に開始。それも前半はプログラムに近い花火を上げていたが、後半はプログラムに関係なく、間を置いて上げていた。それも世界の花火とか、全国の花火10号(八重心菊2発出ていた)とプログラムに出ているが、普通の玉しか上がらず。10ヵ所からのワイドスターマイン・5号段打ちの後、10号銀冠菊一斉で終了。21時52分、それ以降も30号が上がるだろうと観客は待つも、21時58分上がらないまま「花火大会は終了しました」と放送。20号1発・昇り付錦冠菊紫小花浮模様は上がったが、ついに呼び物の30号は上がらなかった。さらにプログラムに出ている、いくつかの単発花火や、何台かの大スターマインも上がらなかった。主催者代表がマイクを通して、半分涙声で「申し訳ありません、申し訳ありません」と、あやまっていた。
筆者は、約50年花火大会を見学してきたが、これ程デタラメな大会は初めてである。
開始が遅れたのは、主催者の説明によると、前日に準備した花火筒をいたずらされたので「準備が運れた」といっていたが、申し訳ないが花火の発数からして、当日の準備で十分間に合う規模の大会であり、その説明は信じられない。花火をこよなく愛する筆者にとって、30号2発が見学できなかったことより、このような信用できない「花火屋」が営業を続けていることの方が、よほど悲しかった。
以下略
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寄稿-CONTRIBUTION
新年花火 がんばれ加油台湾〜花火が勇気を
秋田テレビ横手支局
石川淳
「えっ!!なんぼなんでもおか(あんまり)でね」
暮れもおし迫った12月16日、突然決まった台湾花火節取材に私は戸惑った。
実は弊社営業の力不足で、ABS秋田放送が番組を作るらしいとの情報が伝わったのが12月上旬。当然「うちも番組だ」となった。それから営業サイドで、本社制作やプロダクションにあたったものの、日頃から制作サイドをこき使っている御仁だけあって、皆けんもほろろ、最終的には報道部、それも支局勤めで何でも屋の「ジュンちゃん」に、お鉢が回ってくるのに時間はかからなかった。
期限切れのパスポートをやっとの思いで取り、わずかしかない事前取材のチャンスをものにして、渡航準傭を完了したのが、何と出航前日の12月27日、この時点では取材構成すらできておらず、遂にとうとう出発当日を迎えてしまった。
今回の試みは、大曲の青年会議所が、平成元年以来姉妹縁組をしている、台北近郊の中和市の青年会議所の要請で企画した。
しかし昨年9月、件の大地震が発生。当然大曲側では大会開催を躊躇したが、地震で観光客が激減し、深刻な収入減に見舞われた台湾側が、復興PRも兼ねたいと要請し決行が決定。
さらに、4千万あまりかかる大会資金や火薬扱いとなる花火の持ち込みなど、実現にはなお課題が山積していたが、これは中和側OBの超有力国会議員が自分の政治団体への政府補助を横流しし、現地の船会社をも抱き込んで万事0K。国家元首・李登輝総統との会見もセットするなど、その政治力を存分に見せつけた。
年明けて、2000年の元旦。大曲側は夏の全国大会の1/5規模にあたる3000発を持参。内訳は7号33本・5号240本・4号350本・3号980本・2.5号1397本でいずれも創作花火が中心。まずトップバッターの「北日本」は昨夏の全国大会の優勝作品「カルメン」を披露。赤をモチーフに華麗さを際立たせた、続く「小松」の作品は「ビューティフル・ワンダフル」。現地の歌をバックに、昼間と見まがう位のスターマインの嵐で観客を圧倒する。
若手新山は「世界の四季」を披露。ヴィバルディの名曲をBGMにやや落ち着いた風情で、四季の様子をそれぞれの色で再現。
そして「仙北火工久米川」がトライしたのは、長さ150mにも及ぶ「光の滝」ナイアガラ。これにはさしもの台北っ子たちも口あんぐり。歌謡ショーとの同時進行ということもあり、純粋な花火大会に比べいささか散漫な印象は残ったが、日本の花火というものを台湾国民に知らしめるには、まさに絶好の機会になったことは間違いない。
30万人と発表された観客のアクションも上々で、口々に「素晴らしい」を連呼。復興応援の花火を打ち上げた大曲の関係者へ、感謝の言葉が相次いだ。こうして一行は、無事3日に撮国。万事0Kと思われたが、何と訪台した一行のほとんどが、悪性のインフルエンザに罹り苦しんだ。
特に私の場合、番組制作を抱えていたこともあり、暫く我慢していたが、やがて気管支炎も併発し、1月半ばに入院。退院後は病身に鞭打ちながら、VTR編集に勤しんだ?番組は無事1月23日に放映。やっと多忙な正月が終った。
COLUMN
若い花火師の夢
石川 嵯峨井大民
父が他界してから14年の歳月が経ち、思い返すとこれまで、いろいろと大変なことがありました。しかしながら、大勢の方々のお力添えに支えられ、何とか会社を存続することができました。そんな中で、自分の夢を思い描くということは、なかなか容易ではありませんでした、ここで具体的に形あるものとして語れませんが、胸に秘めている思いを記します。
世の中には、幸せな気持ちにしてくれる、とても感動するものがたくさんあります。例えば、絵画や映画・ミュージカルなどなど。世界各国のあらゆる芸術・エンターテイメントにみられる表現力、数々の表現の仕方があって、人々を魅了し続けています。その表現方法の一つとして、花火はとても重要なものと位置付けられ、人に感動を与えてきました。それは、従事する人間にとっての喜びであり誇りでもあります。
私は、今までいろいろな芸術やエンターテイメントにふれ、笑ったり泣いたり、時には疑問を感じたりと、様々な感情を抱いてきました。こうした感動に値するものにふれた時、ついつい花火の仕事とリンクさせる癖がっいてしまって、いま自分が感じたのと同じように、私は花火で人に感動を与えているのだろうか?同じように努力して仕事ができているか?といったことを考えてしまいます。
今まで素晴らしいものを与えてもらったのと同様に、私も「花火というメディアを通して多くの人々に感動を与えたい。そのために常に自分を振り返り、見つめ直してよりハイレベルなものを花火で表現し、人々を魅了し続けられるよう、これからも頑張っていきたい」。これが、私の花火師としての思いです。
(能登煙火株式会社)
万華鏡
やはり大変な大改革である。地方分権と中央省庁の改変を実施するわけで、やがて通産大臣の名も消える。首相の名前で一括地方分権の省令改正を行うしか方法がないのである。中央の統一を離れて各都道府県が、それぞれの権限で指導するわけだから、バラバラになり“公平”なものでなくなるのは避けられまい。今まででも各県ごとに煙火打揚許可の申請書類方法がマチマチだった。保安距離も各県ごとに大差があったもので、5号玉が半径200m以上の県もあれば、直径120mでOKの所もある。打揚玉の内容を詳記しなければならない所もあれば、概数でよしとした県もあった。今後は益々この基準はバラつくことだろう。
営業許可にしても、県内に火薬庫を占有しなければならない県境から10km以内という県もあれば、理由さえ許せば鹿児島・北海道に火薬庫があってもいい東京都もある。さらに火薬庫がなくとも可能という時代になっている。行政官の判断裁量によって大きな差があるわけである。
この幅は、地方分権によって益々増大するのではなかろうか?花火業者は従来と同一の対応をしていてよいのだろうか?この変革期、新たに県条例その他、県が法規を定める節目に当たって、密接な連絡をはかって、実情に対応した施策を求めることが肝要なのではないだろうか?
県当局も大変だと思う。慣れない新しい立場で法規を決める花火産業に長い歴史を持ち、業者も多く行政も習熟している県はいいが、花火に未熟というか冷めた環境の所では容易ではあるまい。今まで煙火工場のなかった県もご苦労の多いことであろう。岩手・福井・富山・高知・山口など少なくない。特に最近は中央の通産当局もそうだが、火薬担当の役人が短期間でクルクル代わる。危険の伴う保安行政が“素人”に任されることの可否は、もう一度検討されてよいのではなかろうか?地方に移ったために、県会議員などセンセイ違のお声が強くなり多くなるということも望ましからぬこと。
いろいろと考えられる心配が、危倶に終わることを祈りたい。とにかく、よくよく考えねばならない大革新に違いない。
(武藤輝彦)
編集後記・FROM EDITORS
★日々同じように動いているが、世紀が代るという大変革のトキ。カイゴ、カイゴと介護に集中しているが、行政の地方分権も後々21世紀と共にといわれるに違いない。もっと考えて、積極的に環境改善の柱として対応しなければならない−−トキなのかもしれない。
★小紙も発刊5年目に入る。1人でも多くの方に読んでほしいということで購読者中心には運営をしていなかった。そろそろ、必要と思われる方・協賛していただく方に愛読していただくことにしたいと思う。花火に関係しているなら、取締行政の方にも花火従業員にも「2つのヒントに3つの話題」を一一と心掛けているつもり。もっと皆様のご意見・ご異見が加わることを希望し、特に技術面のご提案を熱望し、更に重厚さを加えたいと念じています。
★「21世紀を花火で迎えよう」100年に1回のチャンス。いや1000年に1回のこと。花火を愛する人々すべての人々が力を合わせて……と叫びたい、主催者の方もマスコミも、そして花火屋も名企画を考えようではありませんか!妙案を募ります。
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